感傷的なお年頃なのよ

くるりの「ハイウェイ」を聞いていたら妙にしんみりと昔の事を思い出した。遠い昔のようでいまだにリアルな、それでいて記憶の彼方の10代後半の記憶。思い返すとうひゃあと逃げ出したくなるのでなるべく思い出さないようにしていたのだけど、久し振りに思い出してしまった。
 
いつも何かに飢えて何かが足りなかった。
ここじゃないどこかに行きたかった。
 
そういう風にいうとすごくかっこいいな。それは違うな。
実際はバカなくせにプライドだけは高いただのコドモだった。
  
あれは2月の寒い夜で、ママはお友達と時期外れの新年会か何かで遅かった。パパはいつも出張かゴルフでいない方が多かった。その日アタシは本命の受験で、それはそれはもうまったくもって、綺麗さっぱり出来なかった。落ちた事は大問1から分かっていた。帰ってきてすぐ不貞寝、友達の電話で目が覚めた。
 
中学の同級生のゆかりちゃんだった。
元気?受験終わった?と彼女は言った。
今日あの女いないから遊びにおいでよ。
 
彼女のおうちは近郊都市にありがちな土地成金で、確かお父さんは土建業か何かをやっていたはずだ。離婚してアタシ達と10歳ぐらいしか変わらない新しいママがいた。あんまり覚えてないけどキレイな人だった。当時は結構噂になった。うちのママは遊んじゃダメだと言わなかったのでアタシ達はよく遊んだ。行くといつもニコニコとお茶やお菓子を出してくれるその人を、ゆかりちゃんは完全に無視していた。
 
本当は夜は出かけちゃいけなかった。
塾がある日以外は門限は8時だった。
でも今日はママは遅いはずだし、試験は散々だったし、なんかどうにでもなっちゃえ!という捨て鉢な気持ちで小6の弟を置いて出かけた。ドラゴンボールの次の巻が出たら買ってあげる約束をした。
 
彼女に会うのは夏休み以来だった。
受験勉強とうそぶいて遊ばない宣言をしていたから。
付き合っていたH君とも同じ理由で秋頃に別れていた。
ゆかりちゃんと同じ高校のコだった。
 
自転車で10分ぐらいのゆかりちゃんの家には男の子が一人来ていた。すごくかっこいい子だった。当時ゆかりちゃんは中学の時の副担の数学の先生と付き合っていたので、あれ〜、しばらく会わないうちに別れたのかなあとちらっと思ったけど、あえて聞かないで3人で与太話をしながら酒盛りをした。3人でこのまま家出してどっかに行こうよとゆかりちゃんは言った。金ならあるし。
 
行こう行こうと盛り上がった。行くなら外国だよね。アタシパスポート持ってるし。アタシも。ゆかりちゃんは毎年ハワイに行っていた。アタシは高2のときの修学旅行が韓国だった。俺持ってないよと男の子が言った。
 
俺もうすぐ免許とれるんだよ、そしたら車で日本一周しよう。
そんなの待ってらんないよ、今、今、今、今行きたいの。
南の島なんかどう。
じゃあ沖縄にしてよ。
沖縄はパスポートいるんだよバーカバーカ。
待って待って沖縄は外国じゃないよ。
 
外国だよ、昔はパスポートが必要だったってお母さんが言ってたもんと言ってゆかりちゃんは笑った。アタシ達も笑った。なんか知らないけど笑いすぎて涙が出るほどだった。
 
気づくといつの間にか12時を過ぎていた。酔っ払ってたし、どうにでもなれ!○○大学なんて燃えちまえ!と思っていたけど、実際燃えてくれるわけでもなし、明日受けるとこを落ちたら滑り止めの女子大に行くしかないのだ。もともと小心者の私がそろそろ帰ると言い出して、その訳の分からない酒盛りはお開きになった。遅いから送っていくよと言って男の子が立ち上がった。自転車は明日アタシが家の前まで乗っていってあげるから置いて行きなとゆかりちゃんが言った。そしてあたしも明日受験なんだあとこともなげに言った。
 
えぇえ?そんなの早く言ってよ。知ってたら来なかったよ。
短大の二次募集、オヤジがどうしても受けろって言うからさあ。願書出すには出したけど、どうせ受かりっこないしいいのいいの、と言った。酔いも醒めた。
 
スクーターの後ろに乗るのは初めてだった。
その子は別れた彼氏と同じクラスだと言った。
アイツ浪人して君と同じ大学行くって言ってるよ。
そういうのって正直なところどうなの?やじゃない?
アタシはその子のマフラーをギュッとしめた。
 
名前も思い出せないその男の子はゆかりちゃんのことが好きなのだった。ゆかりちゃんは先生の事が好きで、でも先生からは別れ話を切り出されていた。正直なところ彼女がなんで先生を好きなのかさっぱり分からなかった。全然かっこよくなかったし、人気があったわけでもなかった。どうでもいいオッサンだった。だけどゆかりちゃんは中学の卒業式の日に告白して以来3年近くずっと付き合っていた。
 
ゆかりちゃんが自分を好きじゃなくても一緒にいられるならそれでいいんだけどと彼は言った。そういうの変かな。
 
変じゃないよと言ってアタシはその子の髪をなでた。
なんでか泣きそうになって泣くのをこらえた。
5分の道のりを遠回りして30分かけて帰った。
何を話したかはもう思い出せない。
 
うちに帰って自分の部屋に上がってベッドにもぐりこんだ。
間一髪セーフ。次の瞬間に玄関が開く音がしてただいまを言うママの声が聞こえた。ママが遅く帰ってくるなんてめったにないからママ自身もドキドキだったのかもしれない、上がってきて小さな声で「ただいま」と言ったが、アタシは寝たふりをした。部屋の電気を消してママは下りていった。
 
翌朝出かけるとき自転車は家の前に止めてあった。
メモか何かあるかなと思ったけど何も無かった。
その日に受けた学部も結局落ちた。
本命とその周辺には綺麗さっぱり落ちた。
女子大には行かなかった。ママはブツブツ言ったけど、パパは女の子でもこれからはそういう時代だよと言って浪人を許してくれた。
 
 
アタシ達は何処にも行かなかった。
 
ゆかりちゃんは結局受験をサボったと後になって言った。
オヤジの言うとおりになんかならない、と笑った。
近くの自動車修理工場の事務をしばらくやっていた。
先生はその夏にお見合いして結婚した。
 
アタシは家から予備校に通った。新しい世界だった。
毎日がとても楽しくて昼間は勉強どころじゃなかった。
だけどふと我に帰るとここにいる何者でもない自分がつらくて、いつでも逃げ出したかった。制約なんか何も無かったのに押しつぶされそうだった。10代特有の不思議な感覚だったのかな。欲しいものはお金じゃ買えないものばかりだった。その後に続く20代は物欲にまみれた生活をしていたのに今思うと不思議だけど。
 
3人で車に乗っている夢をたまに見た。運転する男の子と助手席のゆかりちゃんの顔は見えない。両側に流れていくなんか知らん広大な畑を見ながらアタシは一人で後部座席に座っていた。もどかしかった。
 
彼らには成人式の日に顔を合わせた。狭い街だな。たいした話はしなかった。4人とも同じ街に住んでいるのに、全員すでに違う世界で生きていた。その日を最後に彼らには会っていない。
 
ボーっとした女子高生だったアタシにとっては、H君の次に来る位大切な思い出だったはずなのに、今まで全然思い出さなかった。何故なんだろう。
 
 

飛び出せジョニー気にしないで
身ぐるみ全部剥がされちゃいな
やさしさも甘いキスもあとから全部ついてくる
全部後回しにしちゃいな
勇気なんていらないぜ
僕には旅に出る理由なんて何ひとつない

 
ハイウェイ/くるり