しかし

最近のスピッツが「求められている」と感じているものと、わたくしが求めているものが微妙にずれている。みんなそんなにそういうものを求めているんだろうか。もちろん「スーベニア」は大好きであまったれも期待大だけど、さあこっから気持ちいいぞと期待したところでフェイドアウトしてしまう「寸止め感」でのりきれない部分があったりなかったりする。「もったいねー!」と叫んでしまう事がたまにある。そのもったいなさをもったいぶらずにばっさり切るのがスピッツスピッツたる所以であるけれど最近切り捨てすぎなんじゃないかと思う。好きすぎて何が言いたいのか自分でもよくわからない。鎌倉行きたいよー。