姉の苦悩 

アタシには6個歳が離れた体育会系の弟がいる。
 
これが実に甘ったれで、生意気なくせに調子が良くて、でかい図体をしてるくせに温室育ちの僕ちゃんで(姉のアタシが温室で育ってないのにおかしいじゃないかママン)、その上無類の女好きという、ろくでなしの典型のような男である。
 
高校生の時はケガで入院中に看護婦に手をつけて彼女と別れたし、アタシの結婚式の二次会でアタシの会社の後輩を持って帰ったこともあったし(後でアタシが散々な目にあった)、4年のシーズン時にまたケガで入院中に見舞いにきた就職予定の同期女子が、その頃の彼女と病室で修羅場をくりひろげたこともあった。思い返していくとアタシの頭がぐらぐらしてくるのでやめる。フタマタをかけないことだけが自慢らしいが、それは単に調整したりする手間が面倒だからに他ならない。
 
部屋の本棚にエロ雑誌やアダルトビデオなどが無造作に立ててあって、掃除するママはものすごく嫌がって「こういうの隠しておいてよ」とお願いしていたが(だいたい掃除なんか自分でやらせればいいと思うんだけど!)、「男好きとかロリコンとかじゃなくて良かったじゃん。安心しなよ」とオカシな理屈で言いくるめられていた。
 
そんな弟が「俺結婚することになったよ」と電話してきた。
 
あーまたですかへぇぇと適当に聞き流していたのだけど、今度はホントにする気らしい。来月両家で会食する運びとなったそうである。
 
十代の頃から新しい彼女が出来るたびにうちに連れてきて「結婚する!結婚する!」と言っていた男である。しかも笑えるほど好みのタイプが徹底しているのである。今まで何人紹介されたか定かではないが、たいていが伊達公子奥菜恵系なので迂闊にお名前を呼びかけることも出来ない。そうでなくてももともと姉は人様のお顔とお名前を覚えるのが不得手なのであるからして、いらん物議を醸さないように配慮するのが精一杯であったが、男の趣味が大変に悪いという点を除けば、たいがい皆さん可愛らしくて礼儀正しいお嬢さんたちであった。
 
毎回そう紹介してくれなくても良いのだけど、そういうとこだけはきちんとしてるのがオカシイ。まあそんな風に逐一紹介されても姉のほうは自分のことに手一杯で弟の彼女に特別な関心はなかったのだが(過去形てとこがポイント)。誰と結婚しようとどんな道をゆこうとそれはそれ。姉弟とはいえ別個の人間であって、それぞれがそれぞれの道を歩いてゆかなきゃならない訳で。
 
だから、多分、めでたいことなんだろう。なのに「おめでとう」を言う前に思わず「え、あの子?」と聞いてしまった。そんな風に言うと小姑根性丸出しのように思われるかもしれないがそうではない、と思う。
 
誤解を恐れずに言うと、いくら家族制度が崩壊して個人は個人といえども、義理の妹になるのは勘弁してもらいたい、そんなお嬢さんが相手なのである。はっきり言ってしまおう。あの子は、困る。大変困る。
 
会社に入ってから奇跡的に2年ほど続いていた彼女と別れて、取引先の新入社員と付き合い始めたことは聞いていた。それが去年の夏ぐらいの話。秋頃アタシが実家に帰った時に初めて彼女にお会いした。
 
夜アタシが家に帰ると、その新しい彼女が今日は泊まっているという。はっきり言ってアタシは古い人間だがそれはともかく、親の家を何だと思ってるんだそういうことは自立して一人暮らししてからにしろと思ったが、ママが甘いのがいけないんだアタシはすでに家を出た人間だしとやかく言う筋合いはない、とそこはぐっとガマン。「お姉ちゃんに紹介したくて連れてきたのよ」と言う割にはその夜二人はまったく顔を出さなかった。
 
翌朝になっても弟の部屋から出てこない。どうなってるんだ。お昼過ぎにはアタシは出かけるよと言うとようやく二人は降りてきた。そのハジメマシテの彼女は、はれぼったい顔で思いっきりむくれて弟を睨みつけこっちを見ようともしない。「姉の○○です。はじめまして」とにこやかにアタシは言った。えさのいらない猫ちんを飼っている(川原流)のでそういうのは得意なのだ。なのに無言よ?一言も喋らないのよ?
 
聞けばお姉さんが実家に帰ってくることを聞いていなかった、知っていたら泊まったりしなかったのにひどい、という理由で二人は起きてからずっとケンカをしていたのだと言う。勿論そう言ったのは弟であるが。じゃ何か?うちの親の家なのに親がいるのは構わないのか?百歩譲ってそんな初対面はいやだ、ちゃんとお会いしたかったのと言うなら、なぜアタシの前で弟とケンカしているのだ。ケンカしてると言うか、むくれる彼女を弟が「悪かったよごめんってば」と必死でなだめている、という状態。アタシの「はじめまして♪」が宙にプカプカと浮いていた。
 
「まあまあ、もうお昼ご飯だから○○ちゃん食べてらっしゃい」とママが言って、とりあえず一緒の食卓につくことになった。だいぶ機嫌も直ってきて普通には口をきくんだけど敬語が全く使えない、のは六百歩譲ってよしとしよう。でもねえ、「頂きます」も「ご馳走様」も言えないのよ!何か取ってもらっても「ありがとう」も言えないのよ!挨拶は基本中の基本でしょう。
 
小学校から出直して来い!!
 
という言葉を何度も飲み込んでお腹一杯になった。おばちゃんの猫ちんにも限界があるやい。
 
T市の割と有名なおうちのお嬢さんだそうである。エスカレーターでF女子を出ているそうである。そんなやんごとないお嬢さんがなぜ「はじめまして」も「いただきます」も「ごちそうさま」も「ありがとう」も言えないのか全然理解できない。
 
だめだ書いてたらまたどんどん腹が立ってきた。やめとこ。